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【ネタバレ考察】映画「来る」原作「ぼぎわんが、来る」との相違点を解説

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映画「来る」。ぶっ飛んだ内容に見られた方からは賛否両論の声が上がっていますが、みなさんはどうでしたでしょうか。黒木華の怪演がすごすぎて割と楽しめたクチです。黒木華が一番恐かったです。冗談抜きで。

 

 

とはいえラストのもやもやがすごかったのは事実。鑑賞後に原作小説の「ぼぎわんが、来る」をぱらぱらと読んでみたのですが、映画と原作で結構異なるシーンがあるなぁと。せっかくなのでこの記事で自分が発見した違いをまとめます。

 

映画「来る」原作小説との違い

1.登場人物の設定

まずは登場人物の設定の違いから。一番驚いたのがマコトの設定。原作ではキャバ嬢ではないみたいです。なぜ映画でキャバ嬢にしたのか……キャバ嬢っぽいシーンもこれといってなかったので不思議です。

 

続いてオカルトライターの野崎ですが、彼は原作では無精子病で子供を自身の手で設けることができないというコンプレックスを抱えています。映画では子供を流産したことになっていましたね。

 

秀樹の親友だった津田は小説では名前が唐草で、ゲス度が一段と高まっています。小説では香奈といきなり関係を持つわけではなく、秀樹の死後に香奈にアプローチをかけるようです。香奈に振られた恨みでぼぎわんの侵入を仕組むというどうしようもない人間です。これはひどい

 

片腕をもってかれながらも善戦した逢坂に関しては早々に命を落とします。惜しい人をなくした。

 

香奈は育児ノイローゼを患わず、最後まで生き残ります。こちらは物語の項で紹介します。

 

2.物語について

続いてストーリー。

大筋は

 

"アレ"が来て秀樹が健闘するも死亡
→香奈パート
→野崎パートでマコト姉が登場、超常現象お祓いバトルへ

 

という流れで相違はありませんが、香奈パートの展開が大きく違いがありました。先述のとおり、まず香奈は死にません。「じゃああのトイレのシーンはどうなるの?」という話ですが、トイレのシーンは新幹線の車中のシーンとして描写されます。

 

秀樹の死後、香奈と知沙は"あれ"に追われ、新幹線に乗車し逃亡を図ります。新幹線の中でトイレに行くと、そこで例の"ドアガチャ"が起きます。「わたしと ”秀樹”の子どもを、守るー」みたいなことを言い、ドアに向かってタックルをしかけます。ああかっこいいじゃないのこの人と思っていると恐ろしい方法でぼぎわんさんがトイレに侵入、知沙を連れ去ります。香奈はここで狙われずに一命をとりとめますが、知沙を守れなかったショックで精神が崩壊し、病院で収容されます。映画でも精神崩壊してはいましたが、まさかのアレンジでしたね、個人的にはすごくアリでした(発狂する黒木華も見たかったかも)。

 

ラストも映画とは違いました。オムライスの夢を見るという謎の締め方ではなく、香奈がパートとしてスーパーでのバイトを再開し、新しいスタートを切ります。そこで終わるかと思いきや、眠っている知沙がぼぎあんの言葉である「さおい・さむあん・ちがつり」を寝言としてつぶやくという、なんとも気味の悪い結末を迎えます。こういった結末はホラーストーリーではわりとありがちなので、映画版のアレンジはあれはあれでアリだったかもと思えてきます(笑)

 

あくまで流し読みで気づいた点をざっと書いただけなので、誤りがあるかもしれませんが、年末あたりに原作を読もうと思っているのでその時に詳細に書ければと思います。それではお読み頂きありがとうございました!

 

ohrmsk.hateblo.jp

 

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