つっぱりモルディカイ

つっぱりモルディカイの大冒険

祖父と冷蔵庫

この記事をシェアする

f:id:ohrmsk927:20171022214956p:plain

祖父が亡くなった。

 

 

1年ほど前の話だ。

 

 

「おじいちゃんが亡くなったから、帰ってきなさい」。

 

 

久々の母からの連絡だった。実感はまだなかったが、とにもかくにも帰省しないとな、と考えた。引っ越しをして2ヶ月後のことだった。

 

いつもと変わらない地元の町並み。昼下がりに到着し、歩いて15分ほどの距離にある祖父の住む家に向かった。

 

家族と、祖父の旅立ちを見守った祖母がいた。みんな、どこか間抜けな顔をしていた。きっと僕も同じだっただろう。久々の再開を喜ぶのか、突然の別れを悲しむのか、どちらが適切なのかわからなかった。

 

 

「元気にしてた?」

 

 

家を訪れるといつもそうやって声をかけてくれた祖父の表情は安らかだった。この世に悔いはない、という表情をしていた。

 

 

死体。

 

 

大人と呼べる年齢になってからはじめて見るそれは、今まで見ていたそれとは全く違う感覚を僕に生じさせる。

 

「本当に、もう、喋らないのか」。

 

そう。もうなにも話すことはできない。ひとの死。もう動くことのないその器と直面しても尚、不思議と実感は湧かなかった。

 

家族、祖母ととりとめのない話をして、お通夜、葬式の日時を確認すると、その日は眠りについた。というか、あまり記憶がない。

 

翌日のお通夜。なにをしたのかは覚えていないが、当時の日記を読んでみると「泣けなかった」とあった。夜ご飯、なにを食べたかも覚えていなかったらしい。

 

今振り返ってもなにも覚えていない。正直言って僕が覚えているのは葬式の当日と、翌日帰京してからの帰り道で号泣したことくらいだ。

 

 

祖父と冷蔵庫

f:id:ohrmsk927:20171022220022j:plain

写真は株式会社タロログの社長タロウさん(@stuty)が誕生日プレゼントとしてて購入してくれた自宅の冷蔵庫

 

ぼくは祖父が冷蔵庫と触れ合っているのとをみたことがなかった。祖父はいつも居間で座っていた。鍋をするときもすき焼きをする時も冷蔵庫から食材を調達するのは祖母と母の役目だった。

 

祖父はきっと冷蔵庫があまり好きではなかったのだろう。そのひんやりとした質感がどこか好ましくなかったのかもしれない。それか、むやみに歩くのがしんどかったのか。きっと、どちらの答えも真実だっただろう。あるいは「冷蔵庫の中身を覗く男なんて情けない」という考え方を持っていたかもしれない。

 

祖父は「たくさん勉強をして良い企業に就職しなさい」と会うたびに口にしていた。ぼくはそんな祖父が大好きだった。禿げ上がった頭皮も、冷蔵庫に触れないところも。

 

祖父にあこがれてか、ぼくは1ヶ月ほど冷蔵庫のない生活を送った。結果はやっぱり必要という結論に至った。キンキンに冷えたビールが飲めないのはともかく、食材の保存ができないのはとにかく痛い。

 

f:id:ohrmsk927:20171022220024j:plain

盤石の体制である

そんなわけで「冷蔵庫無いのはキツイ」という内容をブログに残してみたところ、冷蔵庫をプレゼントしてくれたのがタロウさん というわけである。今ではキンキンに冷えたビールも飲めるし、お徳用の鶏肉も買って保存することもできる。なんとありがたいことだろうか。冷蔵庫がある日常がこんなに便利だなんて。

 

祖父は最期まで上京した孫が帰ってくるのを心待ちにしてくれていたという。就職の知らせができなかったのはとても残念だったが、最期まで良くしてくれた祖父と冷蔵庫をプレゼントしてくださったタロウさんには感謝してもしきれない。

 

ぼくに、暖かな関係とモノを冷やす喜びを与えてくれて、有難う。

 

↓冷蔵庫をプレゼントしてくれたタロウさんのブログ

tsuchiyashutaro.com