【ネタバレなし】映画「ムーンライト」がアカデミー作品賞を受賞したワケを考えた【感想】
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あの夜のことを、今でもずっと、覚えている。
先日第89回アカデミー賞の授賞式が開催されました。
下馬評通り「ララランド」が数々の賞をかっさらっていく中、最も栄えある賞である作品賞に輝いたのは……
「ララランド」!!
\オオオオオオオオオオオ/
ではなく………
「ムーンライト」!!!!!
\ウオアアアアアアアアアア/
ララランドが監督賞と作品賞のダブル受賞を果たしたかと思いきや、まさかの受賞作読み間違え。「ララランド」のプロデューサー自ら「ムーンライト」の監督バリー・ジェンキンスにオスカー像を手渡す異例の自体となりました。
このハプニングは別として、「ムーンライト」が作品賞に輝いた要因はなんだったのか?
先日幸運にも試写会に当選し、日本の最速上映で観ることができました。
映画評論家の中井圭さんと松崎健夫さんのアフタートークでの内容も含めて「ムーンライト」が作品賞に輝いたポイントを紹介していきます。
ムーンライトの基本情報
そもそもムーンライトはどういう映画なのでしょうか。日本ではまだ公開していないこともあり、どのような作品かわかっていない方も多いはずなので簡単に紹介します。
監督:バリージェンキンス
脚本:バリージェンキンス
製作総指揮:ブラッド・ピッド、タレル・アルビン・マクレイニー、サラ・エスバーグ
原案:タレル・アルビン・マクレイニー(戯曲:「In Moonlight Black Boys Look Blue」(月の光の下で、美しいブルーに輝く))
配給:ファントム・フィルム
上映時間:111分
ブラットピッドが製作総指揮をとり、長編の制作は2作目のバリージェンキンスがメガホンをとった本作。監督も原作者も偶然マイアミの貧困地域で麻薬中毒の母親の元で育っています。
マイノリティーのリアルを淡々と描く本作は、じわーーーーっと心に沁みていき、あなたの心を埋めていくこと間違いなしの素晴らしいエネルギーを秘めた映画です。
ムーンライトのあらすじ
マイアミの貧困地域で暮らす内気な少年シャロンは、学校では「チビ」と呼ばれていじめられ、家庭では麻薬常習者の母親ポーラから育児放棄されていた。
そんなシャロンに優しく接してくれるのは、近所に住む麻薬ディーラーのホアン夫妻と、唯一の男友達であるケビンだけ。
やがてシャロンは、ケビンに対して友情以上の思いを抱くようになるが、自分が暮らすコミュニティではこの感情が決して受け入れてもらえないことに気づき、誰にも思いを打ち明けられずにいた。そんな中、ある事件が起こり……。
ムーンライトがアカデミー賞に輝いた要因
"#OscarsSoWhite"ハリウッドの反省
一昨年、昨年のアカデミー賞で大きな論点となったのがノミネーションした俳優陣が全員白人だったこと。
一昨年には#OscarsSoWhiteというタグが作られるほどのバッシングを巻き起こしたにも関わらず、昨年も全員が白人だったという経歴があります。
これに危機感を感じたのか、今年のアカデミー賞ではデンゼル・ワシントンをはじめ歴代最多となる6人の黒人がノミネート。「ムーンライト」の監督バリージェンキンスも黒人ですし、助演男優賞を手にしたマハーシャラ・アリも黒人です。
そして何より「ムーンライト」は黒人の一生を描いた物語。貧困、LGBT、麻薬などの様々な問題に直面しながらも懸命に人生を生きるシャロンの物語です。完成度が異常に高いのはもちろんのことですが、今作が作品賞に輝いた要因はハリウッドの反省という部分も大きく影響しているように感じます。
"サイレントマイノリティー"を描く-トランプ政権と多様性・社会問題-
「僕はこの映画を声のない人に声を与える映画だと思っている。それに保守派とリベラルの間にいる人たちに考える要素を与える映画かもしれないとも」
「ムーンライト」パンフレットより
パンフレットでのインタビューでマハーシャラ・アリがこのように語っていたのが印象的でした。この映画は「サイレント・マイノリティー」のための映画でもあるのです。
先述したように「ムーンライト」は黒人の男性がいじめ、LGBT、麻薬中毒の母親、貧困などの様々な問題に直面する物語。
今作の感想を語った中井圭さんと松崎健夫さんは「まさに昨今の世相を写しているような作品」と称しています。
アメリカではドナルド・トランプが大統領となり、激動の時代の幕開けを予感させていますが、世間のそういった漠然とした不安感などが反映された今作だからこそ、作品賞に輝いたのでしょう。
ムーンライトには「激動の時代で、いろいろな問題があるけれど、お互いに歩み寄り、認め合って生きていこう」というメッセージが漂っているのです。
"語らない"映画-作品としての完成度-
秘められたメッセージに対する世相の反応やハリウッド独自の問題を差し置いても本作が素晴らしい作品であることは疑う余地はありません。
「ムーンライト」を一言で表現するなら"語らない"映画です。
主人公も、音も、景色も。この映画を構成する要素の全てが物語を大仰に語ることは一切ありません。
描かなかった、映さなかった、語らなかった間をもって、観客の想像に委ねるのです。本当に素晴らしい映画は見せない部分が自然と伝わってきます。
本作の舞台はマイアミですが、マイアミといえば本来はイケイケでアゲアゲな陽気な世界。しかしその世界を静寂で彩るという大胆な演出。
砂浜でお互いの心が開かれていくシーンはその表現の極地でしょう。脚色賞の受賞は当然の帰結といっても差し支えありません。
そして主人公のシャロン。彼は生涯非遇な境遇に置かれ続けながらもその環境を嘆くことはしません。ただ受け入れ、生きていきます。
その悲哀を物語るのは俳優陣の"瞳"。瞳が全てを物語ります。
監督のバリージェンキンスが3世代に渡るシャロンのキャスティングをする際に最も重視したのは俳優の"目"だったそう。
"同じ雰囲気を感じさせる目さえ持っていれば観客はついてきてくれる"と監督はインタビューで語っています。
確かにその通りで第三章、青年期のシャロンは身体も大きくなっており、第二章の高校時代のシャロンとは別人のよう。
ですが、それでも観客が違和感を感じずに物語に没入できるのは幼少期、少年期と同じ目をしているから。その目を容赦なくクローズアップするカメラワーク。語らずとも自然と語りかけてくる目つきが彼の苦労を物語ります。
黒人をブロンズに照らす加工技術
"かつてこれまで黒人の身体を美しく撮る作品があっただろうか"と言われているほどに今作の映像は美しいです。
その描写は"映画界の常識が変わる"と言われるほど。その秘密はカラーリストたちの存在にあります。実際に撮影した映像に色を足していき、今作のノスタルジックながらどこか新しさを感じる映像美が構築されました。
今後このような方法で制作される映画がますます増えていきそうですね。
助演男優賞に輝いたマハーシャラ・アリの圧倒的な存在感
幼少期のシャロンを支えたフアン
本作でオスカー助演男優賞を手にしたマハーシャラ・アリ。出演はシャロンの幼少期のわずか30分ほどにも関わらず、その圧倒的な存在感で助演男優賞に輝きました。
彼の演技はなんというか…すごかったですね。彼もまた自らのバックグラウンドなどを話すことはしないのですが、その風貌だけで彼がどのような人生を送ってきたのか、どのような人物なのかが自然とわかってくるような、そんな人物でした。
シャロンの人生に決定的な影響をもたらした人物として、その影は青年期まで残り続けます。まるでフアンのような筋骨隆々な体躯にフアンの車にあったものと同じ置物。置物をしっかりと強調してくる演出も憎い。"そこにいない"のに存在感を放つ。助演男優賞は当然の結果でしょう。
シャロンの母親のポーラ
ちなみにですが、助演女優賞にノミネートされましたが惜しくも賞を逃したナオミ・ハリスも素晴らしい演技でした。ナオミ・ハリスは麻薬漬けのシャロンの母親ポーラを演じました。
ナオミ・ハリスの演技のすごいところは幼少期・少年期・青年期の演技をわずか3日で演じきったこと。
ただでさえ撮影期間が短かった上に彼女は過密スケジュールのために3日しか撮影時間が取れなかったそう。その中でまるで本当に歳を重ねたかのような演技を見せた彼女はさすがというほかありません。
まとめ/いま最もアメリカが必要としていた映画
革新的な脚色技術、「黒人は黒色」というステレオタイプを破壊する映像美、サイレントマイノリティーに光を当てたテーマ性、素晴らしい俳優陣。このタイミングで本作が生まれたことは奇跡的というほかないかもしれません。
本来LGBTや黒人、麻薬問題は動的(=派手)に描かれがちですが本作はその真逆を地でいき、大成功をもたらしました。
ダイバージェントをこのうえなく静かに、日常的に描いたこの作品がオスカーを手にしたという事実は、ハリウッドが、アメリカ市民が抱いていた諸問題への意識を顕在化させたことに他ならないでしょう。
「ムーンライト」は"いま一番アメリカが必要としていた物語"だったのかもしれません。
※画像は公式パンフレットより