つっぱりモルディカイ

つっぱりモルディカイの大冒険

ブロガー新年会に行って、絶望してきました

この記事をシェアする

こんにちは。

 

 

 

 

1/16に行われた「ブロガー新年会」に参加してきたので感想や思ったことを残しておきたく思います。

 

主催者のやぎさん、keitaさん、狭間さん、司会のトリスさん。並びにスタッフの皆さん、運営本当にありがとうございました。この場をお借りしてお礼申し上げます。ナイスなピッツァとワンダフルなセッションでした。

 

「ブロガー」のための新年会

この会は文字通り、ブログを書いている、もしくははじめようと思っている人々に向けられた交流会。「やぎろぐ」を運営されている同い年のやぎさんが主催で企画されていました。

www.jimpei.net

 

昨年12月の中旬くらいに応募が始まったのかな?ぼくは応募直後の片手で数えられるくらいの人数の時点でチケットを購入しました。アーリーアダプターです。

 

オフラインからオンラインへ

なぜ即断したかと言うと、ブログ拡散、認知してもらうには絶対に「オフラインの繋がり」が必要になると確信していたから。

 

現在ぼくのブログを見てくれている人は(恐らく)ぼくと実際に交流を持つ人がほとんどかと思われます。実際にと言うのは学校やバイト、旧知の仲などで現実のぼくがどんな人間なのかをある程度知っている人のこと。いつもありがとうございます。

 

また検索とか、SNSなどでたどり着いてくれる方も少なからずいるみたいです。これこそがインターネットの力。ぼくのことを全く知らないでご覧になられている方も本当にありがとうございます。留年したくらいで人生終わりません。頑張りましょう。ファンになってください。

 

と言った具合に、いわゆる一般人が書く文章なんて、相当なブランド力や文章力でもない限り読者が爆発的に増えることはありません。

 

そこで難しくなってくるのがモチベーションの維持。その維持に必要になってくるのが、レスポンス。いわゆる読者とのやりとり。友達はよく「面白い」と言及してくれてそれはもちろん大きな力になっているけど、ブログに関する話をできる人はそういないのが現実。

 

そういう話はオンラインでも可能だけど、やっぱりサロンなどの共通のランドマークみたいなものがなければそこまでやりとりはできないという雰囲気はあります。

 

その結果、停滞するアクセスにだんだん嫌気がさしていく。だから「おもしろい」と言ってくれる方々以外にも、ブログの話ができる友達がリアルでほしかった。

 

まとめるとブログ友達がほしかった!!!!!!それだけです。

 

ここまでが今日の朝に書いた部分です。

↓まもなく本題↓

 

非常に良い会でした。本当に開催ありがとうございました。

 

まとめ

・楽しかった
・ドミノピザ美味しかった
・緊張した

 

 

 

 

 

 

絶望した

ぼくはたくさんの才能ある人に囲まれると自分の不甲斐なさに絶望したくなります。
「悔しい!絶対並んでスターダムにのし上がったる!!」みたいに思える人のエネルギーが本当にすごいなぁと感じます。それもまた才能があるから言えるんでしょうけど。才能がない人は一体どうしたらいいのでしょう

 

 

 

東京に来なければ良かったと思う時

ぼくは時たま上京しなければよかったと感じる時があります
それをこの会に参加して、久々に感じたので書きます

 

 

結構暗くて歪んでいて捻くれたことを書いたみたいです。

「さっさと決断しろ!!」で済む話なんですけどね。

 

 

 

 

人間は自分とこの世界を比べて生きている。自分は自分、他は他ってどんなに暗示をかけようとその色眼鏡からは逃れられないぼくは地元ではわりかし勉強ができるほうになっていて、浮かれ気分で上京してきた。今在籍している大学に落ちていれば、地元のまぁ普通の私大に行く予定だった。地元で生活していたら、こんなに自分と他の人や事を比較して苦しむことはなかったと夢想するいや正確に言うと、3年の夏、就活の選択肢としてベンチャー企業を知ってしまった時からぼくは息苦しさを感じるようになった

それまでは良かった 毎日まとめサイトを見て、あきたらパズドラして、パチンコして……そんな毎日が続いて、それはそれは楽しかった。それが本質的に楽しいかどうかは置いといて、とりあえず「楽」な方の人生に舵をふって、自堕落に生きていた。いや、当時はこんな生活が自堕落であることすら認識していなかっただろう。だって、このように誰かが生んだコンテンツを享楽的に楽しむ人間のほうが今や「普通」だから。ベンチャー企業を目指すような、才気溢れる、あるいは実績を残してきたような人物が「普通」な世界はぼくがまったく知らない世界で、小手指の立ち飲み居酒屋と六本木の高級クラブくらい世界が違った。最初そういう世界を知った時、「無理だな 追いつけない」と感じた。そして一度そういう場所に行くのは避けた。でも、本などを読み始めたのはこの頃からだった。中途半端に六本木のクラブへの憧憬を抱きながら生きる人生が始まった。世間一般にいわゆる「意識が高い」学生になった。就活を目前に、都合よく。偶然覗いたその世界への憧れを捨てられなくなってしまったのである。

意識が高めの学生になったはいいものの、普段からアウトプットなどもまともにしてない人間がいきなりプロ学生に敵うはずもなく、ぼくは絶望に絶望を重ねていた。そうして何もかもが中途半端になっていってしまった。諦めたいのに諦められない、どっちつかずな宙に浮いている状態。ぼくはその世界を知りたくなかった。小手指の立ち飲み居酒屋だけ知っていれば、そっちの道で満足できたのに。ベンチャー企業という、働くことを本気で楽しめそうな新しい世界を知らなければ、ぼくは今もパズドラで魔法石じゃぶじゃぶして、それで満足だったのに。だからそもそも地元にいたら、狭い世界の中で殻にこもってのらりくらりと人生を全うとすることだってできたのに。だってその世界しか知らないんだから、そこから抜け出したいとも感じない。中途半端に新しい世界を知るから、憧憬を抱いて、比較して、絶望する。だからぼくは地元でぬくぬく生きていたほうが幸せだったと思ういまのぼくは相反する2つの意識に挟まれて、読書でもゲームでもとにかくすぐに飽きてしまう。

読書とか、成長?のための行為は「自分なんかが足掻いたって、どうせなにも変わりゃしない」って意思で集中が散漫して、
かといって娯楽に目を向けると「こんなことしている場合じゃない」という思いが邪魔をする。おかげで何をするにも迷いが生じてどれもこれも楽しめないのである。これも知ってしまったことによる功罪だ。根本の問題は振り切ることの出来ない自分にあるのはわかっている。しかし、才能がない自分が努力だけで登っていけるほど簡単な道ではないということも自明の理。かといって、今更普通の企業で働きたいなんて思うこともできない……結局なにも知らなければよかったと思う。

 

最近はこの感情に蓋をしてなんとか毎日過ごしてきたけれど、多くの人の情報に触れることが再びぼくにあの絶望を招いた。
今回集まった方々も例に漏れず何らかの分野において突出する才能を持っている人ばかりだった。普通にワイワイ楽しく話しているだけではわからなかったけれど、SNSなりで出会った方々のプロフィールを見てみるととんでもない来歴の人がだいたいである。書かれているブログも面白いものばかり。自分のものと比べるとほんと申し訳なくなる。だからそういう人たちのことも知らなければよかったと思う

 

まとめると、いろいろ知った結果、息苦しい毎日を強いられていることを思い出しました。だから絶望してしまいました。

 

なんですごい人達を見て自分も頑張ろうって思えるのだろう。どうしてそんなに自分を信じられるのだろう。信じられもしない、諦めることもできない自分はどうしたらいいのだろうって思いました。そうしてぼくは、今日も身動き一つ取れない一日が過ぎるのを待ちます。世界は理不尽だ。